ようこそ、お隣のお嬢さんvv
 




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「シマウマやキリンが出て来ても殺すんじゃないぞ?」
「…貴様こそ、テトラポッドの下敷きにならぬようにな。」

どんなバラエティ番組への打ち合わせなのだかというやり取りを、
お互いを睨むことで火花が散りそうなほど、それは真摯なお顔で応酬し合い、
さあさ時間が惜しいとばかり、
通行止めにされて車も通らにゃ、頭上の空にも管制が敷かれて取材ヘリも飛ばない沈黙の中、
まずは背広姿になっていた交渉役の国木田さんとともに、
こちらは谷崎さんの“細雪”で姿を隠された実行担当の二人と、
万が一のブレーキ担当とがコンビニへと近づく。
物体転送の異能というのはあくまでも憶測で、もしかして気配を察知する異能も持っているやもしれぬ。
なので、安易に近づくのは人質の店員さんへの危害に通じる興奮状態を煽りかねないし、
何より下手に突々いて突然の異能発動と運ばれては対処にも右往左往しかねぬと、
それらを案じてそろそろと近づく段取りを選んだのだが、

 「…っ、なんだ手前らっ!」

選りにもよって交渉のための警察職員が寄ることへも過敏になってた、
本来は肝が小さかったらしい犯人の感情的激発により、
何かしらの異能が地雷のように発動したようで。

 「太宰っ。」

カカっと音がしたようなほどの強い閃光が走って、周囲のあらゆる輪郭を塗りつぶす。
目眩ましのようなそれも、この窃盗犯の犯した案件のいずれへも報告があったもの。
それへ反射的に目を閉じたその後に、とんでもないものが現れていると続いており、
太宰の異能無効化で触れて消えるようなら問題はないが、
それはおそらく警察も…異能特務課の同じような能力者で試したはずなのでこたびの同行は単なるお守り。

「異能者本人へ触れないと消えないタイプのそれだろうからね。」

相手が自暴自棄になったなら、慎重な構えはなしだと一斉に駆け出す接触班。
店内の構造は頭にあって、防犯カメラの死角ということはという位置へ走り込み、
それも異能発動にかかわるものか、勢いの良い突風が吹き出した一角へ
一番手として踏み込んだのは、
さすが実働部隊の前線が多い敦とその相棒の芥川だったが、

 「え?」
 「な…。」

高温まで放っているのではと思わせるほどの目映さで白く発光していた手のひらが、
その二人の胴へと触れた。
こういう事態では逃げ回るのが常套だったので油断したといや油断したのだが、
掴みかかられてもねじ伏せる自信はあったし、現に、

 「こんのぉっ。」

その手首をこちらから捕まえて身柄確保とした敦に続き、
芥川が羅生門を外套の裾から発動して足元を搦めとる。
手はともかく、足元を見えぬ何かで拘束されたのへは驚いたのか、

  ひゃあっと裏返った声で金切り声を上げた男がじたばたしたのは見えたけど
  それが段々と霞んでしまい、
  それほどの強い光へ呑まれたのだと気が付いた瞬間に、ふっと意識が飛んだ気がして………







     ◇◇




ある意味では“大混乱”の中、容疑者の身柄は確保できた。
マフィアとの共闘という掟破りな運びの根幹となってた問題の書状とやらは、
英文だったためそれが何なのかも判らぬまま、
犯人が銃器の箱の中に説明書扱いで入れっぱなしにしていたのを
捕り物の数時間後に盗品貯蔵庫にしていた足場で発見し、
その部分の事実だけは無かったこと扱いになるような“作為”が発動されたそうだが、
そういったやや上級の“事務方”処理はその筋の手に任せるとし、

 「……。」

そういった事後のあれこれは警察へ丸投げしたのでもはや他所ごと。
なので、こちらの皆様に起きたことをだけ綴ることにするならば、
自分を捕らえようとする人物の接近かと早とちりし、異様に焦った犯人が、
焦ったそのまま発動させたらしい異能の付随品、
それは強くて目を開けるのも危険そうなほど狂暴だった激しい光芒の中、
まずはと先鋒の二人が掴みかかり、その身を確保せんとしたものの、

「あ…。」

不意を突かれでもしたものか、彼らには珍しく、取り押さえるのは失敗したようで。
そちらから誰かが駆け出す気配があったので、それへと国木田が手探りで掴みかかった。
だが。敵もさるもの、というかこれが相手の逃亡の手はずだったよで、
目眩ましの光が消えぬうちがリミットだとし、
その場を死ぬ気で去るという段取りを完遂すべく、しゃにむに暴れて手を振りほどく。

「待てっ。」
「逃がさぬっ!」

其方も当然振り払われたクチ、力づくで抑え込む手勢だった敦と芥川も後を追い、
店内をバタバタと駆けてゆく男を追う。
思い付きは大胆なくせに実戦ではいきなり気が弱くなる、しかも見切るのが早い人物だったよで。
ダークグレーのダウンジャケットと漆黒の長外套という見慣れた背中が追うのへ続き、
国木田と共に太宰も駆け出したものの、

 「…おや?」

何か違和感がとそこで気づいた辺りはおさすがな観察眼。
ただ、今はそれどころじゃあないと切り替えて、

「羅生門っ。」

表へ飛び出した強盗へ黒外套が転変した黒獣が襲い掛かったのへ、
乱暴ではあったが徹底した人海戦術で壁を築いたお陰様、一般の人目はないのだこれで良しとするかなと。
いきなり動き出した顛末へよりも、
異能の発動という不可思議現象へと瞠目している捜査陣の皆様へこそ小さく苦笑して。
路上へ叩き伏せられた賊へ、
外で待機していた機動隊の面々がそれっと飛びついて身柄確保したのを見届け、

「ではな。俺と谷崎は捜査に加わる。」
「ああ。例の書面のほう、任せたよ。」

マフィアとは顔も名前も通じている窓口係のような立場の自分が、
そんなややこしいブツへの接触も引き受ける格好、そっちへ向かった方がいいかも知れぬが。
グレーな人物がいるという印象を所轄の顔ぶれへまで染ますのはよくないと
これは乱歩が指示したこと。
こういう案件なのでと、異能特務課かかわりの
異能無効化の能力を持つ担当官だろう背広姿の文官タイプの顔がいるのを見やりつつ、
人質の拘束を解いて出て来た谷崎と共に、
盗物の確認など後始末の処置へ向かう捜査陣へと合流する予定の国木田を見送るところまでは、
こちらで構えた“実働部隊”の任だったが。

 「さて。」

鑑識関係の人たちだろう、ボックスカーで乗り付けたそのまま、
濃紺の作業着姿の顔ぶれが大小のハードケースを抱えて現場へ入ってゆくのと擦れ違いつつ、
そんなものも慮外へ放置し、しかと照準を合わせた存在へ、革靴をコツコツと響かせつつ向かう。
容疑者確保を終えて、協力者の顔ぶれは此処で“ではね”と捨て置かれるのも慣れたもの。
その隙をついて飛び立ってしまおうとする気配をじっと見据える太宰であり。

 「…これは、」
 「とりあえずここから離脱だ、」
 「で、でも」
 「尋常ではないものを出して来る奴だというのは聞かされていただろう。急ぐぞ人虎。」

落ち着きなくごしゃごしゃと言い合いをし、
片やが渋っているのを悠長なと急かすように腕を取ってまで引っぱるというやり取りをする二人連れ。
先程感じた違和感の正体は、二人の身丈がやや縮んでいたからで、

 「どこに行こうって言うのかな。」

と、気配を殺したまま近づいて、
ポンっと双方の細い肩へその手を載せる。
これで異能を駆使し、この手を振り切っての“離脱”は不可能なはずで。

 「…っ。」

とりあえずはこの場からの逃亡を許さず押しとどめた、その相手にすれば、
そりゃあぎくりとした構いつけだったに違いない。
だが、この自分の目から逃れようなんて十年早いというものだったし、

「そうだ。何でまたこそこそしてやがんだ?二人とも。」

そちらもこの動きへは気が付いていたらしい、素敵帽子の君が、
其方は人知れずのさりげなく待機していた警戒線の向こうから歩み寄っている。
警察関係者がちらりと視線を寄越すがある程度は事情も敷かれているのだろう。
特に咎めもないままに歩みを運んだその先で、
太宰がそれぞれの肩へ手を置いているのは、
彼らの仲間内、職務を離れても親しくしている白の少年と黒の青年のはずだったが、

「…もしかして中也さん、ですか?」
「お、おう。」

もしかして?とその文言へ小首を傾げた中也の視線が泳ぎかけ、
はっと目を見張ったのへ、

「遅いよ中也。つか、敦くんへは君こそ先に気が付かないと。」

太宰が優越感からだろう、くすすと笑いはしたけれど。
そんな彼の手が捕まえている二人の様子に別なことを察し、

「いやお前、これって笑ってる場合なのか?」

中也が怪訝そうな表情を隠し切れずにいる。
それを裏付けするように、最初に声を掛けてきた側、
白銀の髪をさらさらと薄い肩口まで伸ばした、相方から“人虎”と呼ばれた存在が、
おずおずと訊いて来た一言が。

 「あの、何で中也さんも太宰さんも男の人なんですか?」

心から不思議そうに訊いた彼の方こそ、
何でまたそんなに面立ちが嫋やかになっているのか、
髪が随分と伸びているのか、胸元がややふくよかになっているらしいのか、
声も高めで不安そうに小首を傾げた所作もやや淑やかで、

 「二人ともなんでまた女の子になっているのかい?という順番なんだけれどもね。」

後ろを取った格好になっている太宰が口にしたそれこそが、
何事もなくの順当に収まったはずな籠城事件が落っことしてった、
大問題な異常事態だったのである。



     to be continued. (18.02.24.〜)






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 *もしかせずとも出オチかもですね、これ。
  タイトルで察した人、大正解です。
  そして、相変わらずの冗長さですいません。
  手慣れたお人ならここまでを数行で片づけもするのでしょうね。
  ただ、いつもそれがネックになっている“相容れてはならない立場”の人たちが共闘するということ、
  そうそうあっさり運んじゃあいかんと思っちゃうんですよね。
  噛みつき合うほどの犬猿の仲だという双黒の二人ほど重鎮ならいざ知らず、
  敦くんがひょいっと親し気にしておればあの子相手の素性を知らないのではと案じられるような、
  それぞれの肩書や立ち位置の距離は結構遠いのだよというの、
  書き手の私くらいは意識してなきゃあと、こういう時につい思い起こしてしまうもので。
  そして、今回もそれがお話へ陰を落とすとかいう流れは一切ありません。
  …意味あるのかなぁと、ええ、私も思うんですよ、はい。